実践・考察

「こどもたちが、自ら見つけ、考え、遊ぶ、余白のある環境」 をテーマに、
こどもたちを取り巻くヒト・モノ・コトの環境について研究、考察します。

できるとできないの間

ワークショップのイベントをやっていると、

「初めてハサミを使いました」と言う親子に出会うことは少なくない。

 

先日も2歳の親子が数組そうだった。

そういうとき、はさみを見つけたわが子への親の反応は大きく二つにわかれる。

 

自分でハサミを使おうする子どもを見守る親。
子どもの手を持って使わせようとする親。

 

後者の親は、きっと不安なのだろう。
それもわかる気がする。
だから、漠然とした「はさみは危ない」じゃなくて、なるべく具体的な安全への見方を伝えるようにしている。

 

でも、やっぱりそれ以上に考え方、捉え方が鍵となってくるように思う。

 

子どもがはさみをはじめて持つときに、たどたどしいのは当然だ。
慣れていないのだから。
その姿に、親や先生は、「この子はまだ使えない」「まだ早い」という捉え方をしたくなる。

 

でも、それは、「はさみが使えない」ということではないと思う。

使おうとすることを「やっている」

時間なのだと思う。

 

使えない年齢から、急に使える年齢になるのではなくて。

まずはさみに触れて、
はさみそのものの性質、
そしてそれに伴う自分の身体の使い方を掴もうとしている時期があって、
そのあとにたどたどしく使う時期があって、
そのあと使いこなせる時期がやってくる。

 

最初から、ずーっとつながっているのだ。

 

大人になると、そのプロセスがあったことをついつい忘れてしまう。

 

ましてや、現代生活は、ほとんどの単純な活動は機械やコンピューター、

そして専門的な活動は誰かのサービスがやってくれる場合が増えている。
ということは、自分で「する」ときのプロセスを自覚する機会はますます減っているわけだから。

 

だからよりいっそう、子どもの活動に対しても、プロセスをキャッチしにくくなっているのかもしれない。

 

そういう中で、あらためて、どう見るか。

 

できない=やらないほうがいい

ではない。

 

できないをやっているのだ。

失敗しそうなこと=避けたほうがいいこと

ではない。

失敗することをやっているのだ。

そうやって一つ一つの体験そのものに充実を実感するのだろう。

もちろん、本人のやってみたい!がスタート地点の話だが。

大人の生活の中でもよくあるように思う。

 

できるかできないか。
うまくいくかいかないか。

二元論ばかりだったら、社会という集団は、ものくすごく簡単で楽だろう。

 

でもその場合に、
個が、自分が、楽しくあるには、
ずーっとできていて、ずーっとうまくいくしか、道はない。
反対にいえば、うまくいかければ、ずーっとしんどい道しかない。

 

それってどうなのだろうか。

 

そんな道あるのだろうか。

言うまでもないだろう。

大人は、大人のこととして考えると、わかっている人が多いように思う。

ものごと、そうはスッパリいかないし、だから面白くもあることを。

 

子どもも同じだ。

できるとできないの間をたっぷり満喫してもらいたい。

 

p.s.
写真は日曜日のララガーデンでの様子から。
ひたすら、画用紙を切って、満足そうに帰っていく子と、

その姿に、「はじめて使ったんですけど、こんなに好きなんですね。」と嬉しそうに見守るお母さん。
はさみにしても、絵にしても、できるとかできないとか、大人が勝手に決めなくていい。

 

できるとできないの間

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